「人間と性」教育研究所のHP、『すてきな性ゆたかな生』から表題について

血がどれほど忌むべきものとされていたか、
まずは次の安産祈願の念仏をきいてください
~中略~
女性には月の厄が一年に八十四日間あって、
その度に神仏をけがしているのだと繰り返し強調しています
安産祈願とはいいながら、
女は「血の池地獄」に落ち込まざるを得ないのだと煽りたてる、
このおどろおどろしさはどうでしょう。
女性の生理作用を不浄とみなし、
その血のけがれによって女性は原罪を負うものであるとする考え方は、
仏教に限ったことではありません。
神社神道においても、
血をみることはけがれでした。

この「穢れ」により農村、漁村では近年まで、
「月経小屋」の習慣がありました
(月経小屋の習慣はインディオやミクロネシア北極圏のイヌイットなど
日本以外の地域にもあるそうです)

ところがさらに時代をさかのぼって
みると、不浄どころか神聖なものとされていた時もあったのです

わが国の創成の時代においては、
月経は決して忌むべきものではありませんでした。
それどころか、神の巫女としての資格と考えられていたのです。
月経の兆しをみた女性は、家族と別れて特別に小屋にこもり、
別火生活をしながら神を迎えます。
それは月経がけがれているからではなく、
神に召された者として
神との交わりをもつためのものでした。  

その転換がどこで起こったのか
こちらのサイト以外にもいろいろとあたってみましたが、
おおむね、同じような内容でした

前者の登場は二世紀はじめ、
後者は五世紀半ばーということは、
大和朝廷による国土の統一が果たされ、中国の封建思想の影響も大きくなっていて、
すでに女たちは
「他によって生き、他の光りによって輝く病人のような蒼白い顔の月」(平塚らいてふ)
のくらしを強いられていたのでしょう。
こうして月経は、国家の誕生とともに不浄なるものへと転落してしまったのです。
そしてその思想は、
国家が強大になっていく過程で支配のための道具として強められ、
さらに中世以後の仏教、儒教の大衆化の中で、人々の意識とくらしの中に
深く深く根をおろしていったのでした。

仏教や儒教伝来以降も人々の意識の中には
「性はよろこびに満ちたもの」との認識があったとする研究者の方もおられ、

月経小屋も、それほど陰湿なものではなく
むしろ家事や労働から解放され、
月経中や産後の女性の体にはむしろ好ましい環境で
世代を越え、知恵の伝達が行われていた、とも聞きます

昔はよかった、昔に戻そう、とは思いません
そういう歴史的事実はなかったとする説もあるでしょう

わたしが大切にしたいのは
そういう時代もあったと
そういう価値観もあるんだと知り、

その上で
いのちを授かり、育むといういうことに
もっとやさしい世界がつくれたら、ということです

再び、「すてきな性ゆたかな生」からの引用です

女性が自分のからだについて知るということは、
たんにからだそのものの解剖学的、生理学的構造や
機能を知るだけにとどまりません。
自分と人とのかかわりや、
また、そこに介在する社会や文化、
政治、経済といったものの構造を可視化することに通じていきます。
自分の存在の根拠であるからだへの意識を解放することは、
主体者として生きるうえでの根本条件といえましょう。

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     すべての女性が、
女性とうまれたことに誇りと喜びを感じ
  自分らしく生きられますように
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ひとりの女性として
3人の娘の母として
切に祈っています